産地と原料

産地と原料

「そばの産地はどこですか」と聞かれて、答えに迷うことがあります。
米やワインのように、地名を聞けば品質や個性が思い浮かぶ食べ物とは違って、そばの場合、特定の産地が浮かびにくい。
代表的な産地、という考え方そのものが、そばでは輪郭が薄くなります。

国内では、北海道がそばの収穫量のおよそ半分を占めます。
そのほか、長野、茨城、福島、山形、栃木、岩手、福井、島根などが主要産地として並びます。
信州(長野)はそばのブランド名として知られ、出雲(島根)や会津(福島)にも地域の名前を冠したそばがあります。
それぞれの産地には、香りや味の特徴があるとされ、北海道のそばは香りが立ち色は淡め、信州のそばは寒暖差で味が深く、福井のそばは太めでコシと香りが強い、出雲のそばは殻ごと挽くので色が黒く香りが強い、会津のそばは歯切れがよい、といった語られ方をします。

ただ、これらの違いの多くは、原料の産地そのものではなく、品種・栽培・製粉・製麺・打ち手の積み重ねから生まれています。
出雲のそばが黒く香りが強いのは、殻ごと挽く製粉法によるところが大きい。
福井のそばが太いのは、打ち方の伝統です。
製粉や製麺、打ち方の違いは、見た目や食感に出やすい。
一方、原料が採れた場所だけの違いを、食べ比べで取り出すのは難しい。
ほかの要素と混ざってしまい、産地そのものの差として現れにくいのです。

地域名のついたそばが、その地域で採れた原料で作られているとは限りません。
「信州そば」と書かれていても、原料に北海道産のそば粉が使われていることがあります。
「出雲そば」「会津そば」も、原料の産地よりは、その土地の食べ方や打ち方を指す呼び名として使われています。
玄そばは長く保存でき、地域を超えて運べるので、原料が地域を越えて流通するのは日常です。

他地域の原料が使われるのは、価格を抑えるためというより、需給のバランスが大きく関係しています。
そばの自給率は二割から二割五分ほどで、国内消費を国産だけでは賄えません。
信州のような産地でも、地元の消費量は地元の生産量を上回るため、地元産だけで打ち続けるのは難しい。
収穫量や品質が年によって変動することもあり、複数の産地の粉を組み合わせて安定供給を保つ手順が広く行われています。

ほかの食材と比べると、そばの特徴がはっきりします。
米は精米して炊くだけで食べられる作物で、加工の工程が少なく、土地の文化が米そのものに現れにくい。
ワインは原産地呼称の制度によって、原料の生産から醸造までを同じ地域で行うことが定められていて、原料の産地とワインの産地が一致するように作られています。
そばは、玄そばを挽き、粉にし、生地にし、麺に切り、茹でるまでに、いくつもの工程を経ます。
それぞれの工程に、土地ごとの伝統が積み重なる余地があります。

産地という言葉は、ふつう原料の採れた場所を指します。
ただ、食品によっては、加工された場所を産地として示すこともあります。
そばの「○○そば」という地名も、原料の出所より、その土地で受け継がれてきた工程や食べ方を指していることが多くあります。
そばの違いを取り出すには、原料の産地だけでなく、品種・栽培・製粉・製麺・打ち手まで含めて見る必要があります。

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